私の糸魚川暮らし:File01

私の糸魚川暮らし:File01

きっと私が重きを置いていた決め手の材料が
「良い場所」ではなく、
「良い人に出会う」事だった。

屋村靖子(30歳)
埼玉県出身

2016年12月に糸魚川市鬼舞集落に空き家を購入。

きっと私が重きを置いていた決め手の材料が「良い場所」ではなく、「良い人に出会う」事だった。

ーなぜ糸魚川に?

もともと移住を考えたきっかけは、東日本大震災です。その時に自分自身に生きる為の力がなさすぎると実感したり、今の生活に思うところがたくさん出てきていました。
完全な消費者から少しでも自分で生産、生きる為の力をつけたいと感じ、地方移住を考えるようになりました。
糸魚川市に決めたのは、1冊の雑誌とその時に出会った市役所の定住促進課の方の対応だけでした。
もちろん糸魚川市だけで物件を探していたわけではないですし、前にたくさんの人にお世話になっていた町もあり、その町での生活も考えましたが、私にとってはどの町も魅力的なことに変わりはなく、なかなかひとつに決断ができなかった。きっと私が重きを置いていた決め手の材料が「良い場所」ではなく、「良い人に出会う」事だったんだと思います。
「なんで糸魚川に?どんな場所が気にいったの?こんな場所によく来たね。」
そう言われたとき、一番に頭に浮かぶのは今の生活を支えてくれている人たちです。

ーなぜ糸魚川に?

ー糸魚川で暮らしはじめて自分の中で変わったこと

優先順位が明らかに変わりました。
まずは集落で「きちんと暮らすこと、触れ合うこと、お願いをすること、相談すること、話をきくこと、受け入れること」をしなければいけないと思っています。
そんな暮らしをするにはまずは地区、集落の行事が予定の1番になりました。正直、東京にいるときは子供ができたら自然と近所付き合いが始まるんだろうなーという気持ちでしたが、こちらでは、常に周りの方と関わっていないと生活そのものが成り立ちません。
気の合う仲間だけでつるめば良かった生活から、今まで関わることがなかった世代の方との交流は、とても新鮮でとても貴重な繋がりだと感じています。
実は、糸魚川の環境はとても都会だと思っています。不便なのは、飲み歩いた後に気軽に家まで帰れない事ぐらい。それなのに家の周りにはこんなに自然があふれていて、本当に贅沢な環境です。

 

(左)山道整備
(右)ばあちゃんの恩返し

ー過ごし方

以前は、昼過ぎまで寝ていて半日もったいなかったなーと後悔することが多かったのですが
私の住む地域では休みの日でも朝6時に鐘がなり、一度起こされます。笑
春は山菜取りに誘っていただいたり、山道の整備に誘っていただいたり、地区の運動会があったり、春になるとこんなに忙しいものかと正直とても驚いていますが、時間の使い方自体が変わっているので、その忙しさが気持ちの良い忙しさ、充実と感じています。
そもそも時間の使い方も変わったので、なにかにわざわざ時間をかけることが多くなっています。ひとつひとつが丁寧になりました。

 

(左上)山菜採り
(左下)集落祭
(右)道の駅案内

ー自分が変わった事

とても変わったと思っています。私は昔から周りの友達に恵まれすぎていました。常に会いたいときに会いたい人に会えて、わがままに時間の共有をしていたと思います。今は地元の友達とも、東京の友達とも距離で離れてしまってなかなかすぐに会えない、だからこそ、お互いの近況だったり気持ちだったりの思いやりが強くなったように思います。「さみしさ、人恋しさ」を感じることが未熟だった私には必要な事だったんだと思っています。
また、旦那(夫)さんは、東京で仕事をしていて今は別々に暮らしていますが、お互いに以前よりふたりで過ごす時間を大切にできているように思います。
「さみしくないの?」という問いかけには「めちゃくちゃさみしい!!」と答えていますが「さみしい」から「一緒に住む」という選択肢にはなりませんでした。こんなわがままな嫁でとてもかわいそうですね。笑

ー移住を考えている人へ

全力で迷っていてよいと思っています。私も今この選択が正しかったのか間違っていた選択なのか答えは出ていません。それでも自分の暮らしにちゃんと納得しながら、正直に生活するにはこの環境が必要だとも思っています。決断してよかった!と思えるように「今」できることを精一杯に送ることが大切。そんな気持ちです。
それが私の移住した理由です。